戦争のとき19歳だったおばあちゃんがコロナ禍に放った一言【憲兵に連れてかれてるで!】

日々のこと

この間、おばあちゃんといっしょにおやつタイムをしていました。

私のおばあちゃんは、1926年(大正15年)生まれの96歳です。昔のことをたずねると、たまに戦争の体験を語ってくれます。

戦争時、おばあちゃんは19歳でした。なんというか、今でいうと『エネルギーがたくさんあって、若くて、未来があって。楽しいことをたくさん体験するべき!』と思われているような年代のとき、戦争を体験していた人です。

ゆうふわ
ゆうふわ

最近はこんな話をしてくれました

ミシンに荷物をのせて逃げた大阪大空襲

1945年(昭和20年)3月13日の大阪大空襲のとき、おばあちゃん一家が住んでいた家は、類焼で燃えてしまったと話してくれました。

おばあちゃん
おばあちゃん

焼夷弾ってな、落ちたらぱぁーっと油がまかれるんよ。で、それが壁にあたったら燃えんねんな

おばあちゃんは一人娘で、お母さんとお父さん(私のひいおばあちゃんとひいおじいちゃん)と3人暮らしでした。

住んでいた家自体に火がついたわけではなかったのですが、長屋状になっていたので、火がまわってきて燃えたのだそうです。

ミシンの下に車がついてるやろ、だからそれに荷物つんで逃げたんよ

ミシンに車…

と、一瞬思いましたが、そうですよね。昔のミシンは今みたいに持ち運べるミシンじゃなくて、机も一体となったあしぶみミシンでした。

参考画像引用元:Canva

空襲がくるかもしれないと思ったから、逃げられるように事前に、ミシンを2階から降ろして準備していたと言っていました。

当時19歳のおばあちゃんは、両親をつれて神戸にいる親戚の元まで逃げたようです。

私が先頭よ。一番若くて力があるから

親戚の家にたどりついて、家をなくしたおばあちゃん一家は、泊めてほしいとお願いしました。

すると、親戚からこんな対応をされたそうです。

あんたらは罹災のお金もらってるんやろ!って言われてな…。つまり、わたしたちはそんなんもらってないで!っていうことやな

だから『ここにはおられん』と思って、一晩だけ泊めてもらってすぐ出たよ

戦争という惨事が人の心を蝕み、そういう対応しかできなくさせてたんだな…と切なくなりました。

その後はどこに泊まったかは詳しく聞きませんでしたが、お父さんが仕立て屋をしてたので、もってきたミシンで服を縫ったりして生き繋いだと語ってくれました。

こちらが、そのミシンです。

もうあばあちゃんも長年使っていないので物置に移されていて、足の部分までちゃんと写せないのが残念ですが、あしぶみミシンです。

わたしは幼稚園から小学校卒業まで、毎朝おばあちゃんの家に行きそこから通学し、帰ってきたら夜までおばあちゃん家ですごすという生活をしていました。

おばあちゃん家の2階が子供たちの場所になってたんですが、当時はそこにミシンが置いてあったんです。まだまだ現役でした。なので私は、実は毎日このミシンを目にしていたんです。

でも幼少期にいつもみていたミシンが、戦争中にそんな働きをしていたなんて、今まで全くしりませんでした。話を聞いてる時に、「え、あの2階のミシンが?そうなんやあ…。知らんかった…」と感慨深かったです。

写真を撮るためにミシンを出しましたが、中に収納して机にできます。今ではその状態で置いておかれ、上に物なんかものっちゃってました(^^;)

机にした状態で、当時は上に荷物をのせて逃げたんだろうな…と思いました。

机の中に収納できる。ここに荷物をのせて逃げたんだろうなあ…

残って、ずーっと持っていることに感動です

コロナ禍ででもなくならない人出について、はっとする一言

4月の中旬からコロナの感染、とくにイギリス変異株が大阪で猛威をふるいだしました。まん延防止措置をとられても人手がなかなか減らないという状況が連日報道され、ついに4月25日からは3回目となる緊急事態宣言が発令されることになりました。

大阪大空襲の話をしてくれていたときに、ふとおばあちゃんが、人出が減らなかったときの状態についてこう言及しました。

おばあちゃん
おばあちゃん

今コロナひどいのに、あんな風に外出してるやん。昔やったら憲兵につれてかれてるで!

え!

ほんまに。ほんで、男やったら前線に送られんねんな

え、えらい怖いな…(^^;)

こわかったよ、憲兵。憲兵きてるって知ったら、窓ぴしゃっとしめて小さくなってたもんな

コロナの緊急事態宣言では、日本の法律だと“強制力”がないというのが話題になりました。そしてその理由は、まさにこの『第二次世界大戦中、国民にいろいろ強制させた時代背景を反省しているから』と、情報番組で聞いたことがあります。

おばあちゃんは、その“強制力”を振るわれていた時代を実際に生きて、今との違いを肌で感じているんだな…と話を聞いていて思いました。

身近な人からの戦争体験談はとても貴重

もう、『昔やったら憲兵に連れてかれて前線送り』が衝撃的すぎてこの記事をかきました。

戦争の体験談は、とても貴重だなと感じます。さらに“おばあちゃん”というとても身近な存在から聞くからこそ、社会や時代とか自分がその年齢のときとか、『今や私と比べてどうか』というのをより考えさせられます。語ってくれるのは、とてもありがたいです。

小学生や中学生のときに、授業で与えられて聞くよりも、いろいろ体験して大人になった今だからこそ身にしみるのかなとも思いますが。

若い時代に、悲惨な世界を目にして体験してきたのに、ユーモアがあって気丈なおばあちゃんです。たまにムダに嫌味を言ってくるので、いやだなと思う時もありますが。今回この話をしてもらって、平和な時代に生きている私にも優しいおばあちゃんってすごいな、とあらためて思いました。

読んでくださり、ありがとうございました。

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